ＪＲ浦和電車区冤罪事件

専修大学法科大学院・弁護士　矢澤�f治

 

　私の報告のテーマは、ＪＲ浦和電車区冤罪事件です。皆様方の中には、この事件についてご存じない方もおられると思います。わが国で、平和を希求し、戦争に反対する労働組合を、公安警察が公然と弾圧するという蛮行が行われていることを是非とも知っていただきたいのです。

　皆様もご承知のように、戦後忌まわしい鉄道事故が多々でっちあげられました。松川・三鷹・青梅事件等々です。時の権力者は、事件を作り上げ、その責任を労働組合員に帰せしめ、労働組合の団結力を削ぎ、レッドパージを行い、朝鮮戦争に加担する道ならしを行ったのです。そして、今、その時代を彷彿させるような冤罪が多発しております。ここでは、ＪＲ総連に向けられた公安警察による弾圧についてお話しします。

 

　１　ＪＲ総連の組織とそれをめぐる組合の対立構造

（１）ＪＲ総連の誕生の経緯

　まず、公安の弾圧のターゲットなっておりますＪＲ総連について簡単に紹介いたします。

日本国有鉄道「国鉄」は，昭和６２年４月１日，分割民営化されました。分割民営化後の各社の総称がＪＲです。それに伴い，国鉄職員で構成された労働組合も再編されました。国鉄時代の労働組合は，いわゆる国鉄労働組合である「国労」，動力車労働組合「動労」、そして、鉄道労働組合「鉄労」などが存在しました。しかし、分割民営化の過程において，動労は，民営化に賛成していた鉄労等と歩調を合わせて全日本鉄道労働組合総連合会「鉄道労連」を結成し、その後，「ＪＲ総連」と名称を変更しました。これが「ＪＲ総連」です。労働組合の再編等により，ＪＲの組合では、ＪＲ総連が多数派勢力となり，国鉄時代に多数派であった国労は少数勢力となりました。

（２）ＪＲ総連とＪＲ連合の併存

このＪＲ総連では，ＪＲ東日本に所属する東労組を中心とする旧動労系とこれに対抗する旧鉄労系の対立が激化し，平成３年ころからＪＲ総連傘下の「ＪＲ西労組」，「ＪＲ東海労組」、「ＪＲ九州労組」及び「ＪＲ四国労組」が次々とＪＲ総連を脱退し、平成４年に「ＪＲ連合」を結成しました。

　以降，ＪＲ各社の労働組合の主な勢力は，東労組を中核とするＪＲ総連，ＪＲ西労組等からなるＪＲ連合及ぴ国労に三分されました。そして，ＪＲ東日本においては，東労組が圧倒的な多数派を占めております。ＪＲ東日本では，社員約５万人中約８割、４万人が東労組に加入しているといわれます。しかし、ＪＲ東海以西のＪＲ各社においては，ＪＲ連合傘下の労働組合が多数派勢力となって現在に至っているのです。ＪＲ西日本といえば、ＪＲ福知山線列車脱線事故や懲罰的な「日勤教育」、そして、それを苦として自殺に追い込まれたＪＲ西労組の服部匡起（まさき）さんのことなど、記憶に新しいものがあります。

（３〕グリーンユニオンの結成と東労組との対立

　実をいえば、ＪＲ総連の中心をなす東労組内部においても，同労組の活動方針等に批判的なグループがありました。平成７年１２月には，東京車掌区分会に所属していた秋山順一，斉藤弘昭らが，東労組を脱退してグリーンユニオンを結成しました。そして、この組織は、直ちにＪＲ連合系列下に入って東労組との対決姿勢を明確にしたのです。グリーンユニオンは，その組織戦略目標として，５年後に東労組を解体し，組合員数５万人を擁するＪＲ東日本における第１組合を目指すことなどを掲げたのです。

　これに対し，東労組は，グリーンユニオンの戦略が東労組内に潜在組合員を育成し，これと連携して組織拡大を図るものであると考え，警戒感を強めておりました。そうした中，平成１１年７月いわゆるユースラリー事件が起きました。この事件は、ＪＲ連合主催のユースラリーに東京車掌区分会の組合員と労組松戸車掌区分会の若手組合員が参加したものです。また、同年９月には、旧鉄労系の鉄労友愛会議主催の芋煮会に東労組三鷹電車区分会の組合員が参加した芋煮会事件が続いて発生しました。東労組は，いずれもグリーンユニオンがその組織戦略に則り，東労組に攻撃を仕掛けてきたものであるとして，警戒感をますます募らせておりました。グリーンユニオンは，平成１３年２月，鉄産労と統一し，組合員数２５００名をこえるＪＲ東日本労働組合を結成しました。これらの一連事件が今日お話しするＪＲ浦和電車区冤罪事件の背景にあるのです。ＪＲ浦和電車区冤罪事件の具体的内容については、公安警察によるＪＲ総連に対する一連の弾圧の全体像を理解していただいた上で、述べたいと思います。

 

　２　「事件」の連鎖的な捏造（ＪＲ総連広報２００７．７．２０）

　（１）これまでの弾圧の数々

　皆様に配布いたしました資料のうち、「「事件」の連鎖的に捏造された」とタイトルの付けられた資料をご覧いただきたいと思います。ここでは、２００１年９月１１日に起きたＮ.Ｙ．の貿易センタービルへのテロから始まる、わが国の公安警察による、ＪＲ総連に対する不当かつ不法な弾圧行為が時系列的に記載されておりますので、駆け足でその内容を見て参りたいと思います。

　�@２００１年９月１１日　米国同時多発テロ：米国のアフガン軍事「報復」を日本政府が支持、国内ではテロ対策特措法を成立させ、白衛隊を派遣。

　�A２００１年１２月　『鬼の咆哮』ＪＲ東労組元会長松崎明氏：世紀の犯罪人ブッシュ、ブレア、コイズミと痛烈批判。

　�B２００２年１１月１日　『ＪＲ浦和電車区事件』：ＪＲ浦和電車区の運転士ら７名が職場の同僚に組合脱退・退職を迫ったとして「強要罪」がでっち上げられ、７名の組合員らが突然、逮捕・起訴された。同時にＪＲ東労組本部や組合役員宅など６４箇所を家宅捜索。押収品１，０９４点。逮捕前日にはＪＲ東労組本部役員８名が辞任する組織破壊と連動した動きも。「支援する会」が結成され、不当弾圧だと世に訴える。

７名は３４４日間もの長期勾留を経て、２００３年１０月１０日にようやく保釈。事件の不当性に対しては、国際労働機関（ＩＬＯ）が日本政府に２度の勧告、日弁連の警告も出された。しかし、これらの勧告や警告を無視。４年８ヶ月の裁判（５９回公判）を経て２００７年７月１７日、第１審判決。全員有罪判決。

　これが、今日お話しする、メインの冤罪事件の概要です。

　�C２００３年６月１２日　「東京駅事件」：１０数箇所を家宅捜索。

　�D２００２年６月２１日　ＪＲ東海労の組合員らが東京駅でビラ配布中、監視の助役に暴行を加えたとして、「暴力行為等処罰に関する法律違反被疑事件」がでっち上げられた（東京駅事件）。これによりＪＲ総連事務所など家宅捜索。しかし、２００５年３月１６日不起訴に。

押収された６６５点のうち不起訴確定の前日に２２点が再差押えされ、現在も未還付。不当な捜索、差押えを受けたＪＲ総連関連団体の日本鉄道福祉事業協会は、国家賠償請求をおこない。２００６年６月３０日　一審で一部勝訴、控訴中。

　�E２００５年１２月７日　「業務上横領」容疑でＪＲ総連など大規模家宅捜索・押収。　２０００年にＪＲ総連関連団体、日本鉄道福祉事業協会の理事らが組合費３，０００万円を管理・流用し、別荘などを購入したとしてＪＲ総連など家宅捜索。ＪＲ総連事務所の捜索は４日間、８４時間を超す捜索で計１１箇所、２，１９４点あまりが押収された。押収品は「事件」とは関係のない組合資料が多く含まれている。「容疑者」とされた４目のうちの３名は既に「不起訴」に。

　�F２００６年７月１５日以降　『週刊現代』：過激派「革マル」・テロリストキャンペーン。中傷記事を２４週にわたり掲載（西岡研介）。連載１回目の発売は、１９４９年の三鷹事件の発生と同じ日。ＪＲ総連、ＪＲ東労組梁次氏、ＪＲ東労組元会長松崎明氏や組合員らが現在、名誉毀損で損害賠償請求の裁判中。

　�G２００７年２月１５・１９日　新たな「業務上横領容疑」：ＪＲ総連と関連団体が家宅捜索。日本鉄道福祉事業協会の口座から２億２，０００万円を引き出し、元理事長とＪＲ東労組元会長の個人口座に振り込んだとして、「横領容疑」で、ＪＲ総連には３度目となる家宅捜索。既に時効成立だが、大規模弾圧にもかかわらず、書類送検もされていない。そもそも、容疑事実は存在しないのです。

（２）公安二課により見境なくフレイムアップされる事件

　今ご覧いただきましたように、公安警察（警視庁公安部）により逮捕、捜索ならびに押収の容疑とされたのは、ＪＲ浦和電車区の運転士ら７名が職場の同僚に組合脱退・退職を迫ったとしての「強要罪」（ＪＲ浦和電車区事件）、ＪＲ東海労の組合員らが東京駅でビラ配布中、監視の助役に暴行を加えたとする「暴力行為等処罰に関する法律違反被疑事件」（東京駅事件）、さらに、二つの業務上横領被疑事件です。これらのいずれもが、冤罪事件です。

　ここでは、「東京駅暴力事件」を紹介しましょう。笑止千万という類に属する事件（？）です。ＪＲ東海労の組合員が不当労働行為に対して抗議するために、ＪＲ東労組は、東京駅前で集会とビラ配りをしました。ＪＲ東海会社の管理者大島助役が現場を徘徊しこの様子をカメラで撮影したり、携帯電話で頻繁に他の管理者と連絡をとっていたので、それらの妨害行為を中止するよう求めたのです。しかし、大島助役はこの要請を拒み、組合の現場から離れて監視活動を続けておりました。組合活動が終了して行動集約の移動中に、別の管理者遠藤助役が追尾して、監視しているのに気付いた組合員が、直接他の組合員と話をするように促し、同助役の腕を取り一緒に行くように促したのです。ところが、この助役は、俄に、近くの看板に抱きつき「暴力は止めろ」と騒いだのです。そこで、組合員達は、現場を引き上げたということに過ぎません。この被疑事件から１年もたってから、この行為について所轄の丸の内警察署でなく、警視庁公安部公安２課が事前に被疑者に対して事情聴取をなすこともなく、関係箇所に唐突に大規模な捜索を行ったのです。当然、被疑者は不起訴ですが、公安２課の捜索活動の目的は、別の所にあると考えるのが自然と思われます。

　つづく、２００６年１２月の「業務上横領容疑事件」、２００７年の「業務上横領容疑事件」についても紹介したいのですが、あまりに馬鹿馬鹿過ぎるデッチ上げで、開いた口がふさがりません。被疑事実とされるのは、ＪＲ総連の関連団体である日本鉄道福祉事業協会の口座から２億２，０００万円を引き出し、元理事長とＪＲ東労組元会長の個人口座に振り込んだというのが「横領容疑」です。時効直前にやっと書類送検されましたが、今年２月の「業務上横領事件」でもすでに「時効」が成立しています。警視庁公安二課は、書類送検すらできないのです。横領など行われていないから当然での話しです。

　また、２００６年の「横領容疑事件」での損賠訴訟を求める公判では、都（警視庁）側は、簡易裁判所への「捜索許可状請求書」に係る証拠が提出できないところまで追い込まれています。これは事件がまさしく捏造であることの証左です。

　ＪＲ総連と関連団体には、被害も被害者もなく、加害も加害者もなく、そもそも「事件」など存在しないのです。また、民事事件で、そのような横領は存在しないという事実を代理人弁護士が、事前に都や国に説明していたのです。にもかかわらず、公安二課は、その後被疑事件をフレームアップして、大がかりな捜索をして、それをマスコミに垂れ流しております。これらの行動は、ＪＲ総連を瓦解させようと画策してなされたと云わざるを得ません。これらは、公安二課によるＪＲ総連への弾圧の一部であり、今も継続しているのです。そして、ＪＲ浦和電車区事件は、まさしくこのような弾圧を象徴する冤罪事件なのです。

　私は弁護士として、ＪＲ総連、関連団体ならびに関係者の訴訟代理人として幾つか民事事件に関わりをもっておりますので、申し添えますと、警察の捜索許可令状の請求書に対して疎明させることなく捜索許可令状を発する簡易裁判所の裁判官、唯々諾々として公安の情報を鵜呑みにして記事にする新聞社、そして、公安からの連絡で捜索の現場を放映するテレビ局は、いずれも猛省する必要があります。これらについては、後で触れたいと思います。

 

　３　ＪＲ浦和電車区冤罪事件

　それでは、ＪＲ浦和電車区冤罪事件についてお話しします。

（１）起訴状

　人間性に欠如したとしか思われない起訴状によれば、少し長くなりますが、肝要な所だけを紹介すると次のようです。ＪＲ東労組の大宮地方本部の執行委員長らは，ＪＲ東日本大宮支社の運転士でありＪＲ東労組の大宮地本浦和支部浦和電車区分会員であるＹが，他の労働組合員と一緒にキャンプに行ったこと及びその経緯について虚偽の弁明を行ったことなどに因縁を付け，同人をＪＲ東労組から脱退させるとともにＪＲ東日本から退職させようと企て，他の組合員多数と共謀の上，平成１３年１月２１日から同年６月末日ころまでの問，埼玉県さいたま市南浦和３丁目５１番１号所在のＪＲ東日本大宮支社浦和電車区事務所内などにおいて，前後１４回にわたり，上記Ｙに対し，多数の威力を示すなどしながら、「おまえ，組合を辞めろ。」などと繰り返し罵声を浴びせるなどして脅迫し，ＪＲ東労組からの脱退およびＪＲ東日本からの退職を迫り，上記Ｙをして，これに応じなければ，自己の身体，自由及び名誉などにいかなる危害が加えられるも知れない旨畏怖させ，よって，同年２月２８日，上記浦和電車区事務所３階訓練室において，ＪＲ東労組中央執行委員長あての同組合脱退届１通を作成・提出させ同組合から脱退させ，さらに，同年７月１３日ころ，同事務所２階区長室において，ＪＲ東日本代表取締役社長あての退職願を作成・提出させて同月３１日付けでＪＲ東日本を退職させ，もって，Ｙをして義務なきことを行わせたものである。刑法第２２３条第１項，第６０条より強要罪というものです。

（２）いわゆるＹ問題の発生

　グリーンユニオンの結成と東労組との対立がある最中に、いわゆるＹ問題が発生しました。この問題の内容とは、次のとおりです。Ｙは，東京車掌区に勤務していたころから，気のあった仲間とキャンプに出かけていたが，参加者の中には，グリーンユニオンを結成した者も含まれていました。実は、Ｙは，その結成者Ｓに誘われ，平成１２年１１月１３，１４日に丹沢キャンプに東労組茅ケ崎運輸区分会所属の組合員，東京車掌区分会所属の組合員，丸の内車掌区分会所属の組合員らと共に参加したのです。

　浦和電車区分会青年部は，平成１２年１２月ころ，同青年部組合員全員で国労組合員に東労組への加入を勧誘するはがきを書く「ハガキ行動」を行うことを機関決定し，これに取り組んでおりました。Ｙは，その期限である同月２１日までにはがきを書かなかったのです。同日，被告人斉藤からはがきを書くように言われ，これを断って同被告人と言い合いとなった挙げ句に，「グリーンユニオンの人とキャンプに行ったことがある。」などと発言したことから、Ｙの丹沢キヤンプヘの参加が発覚しました。さらに，Ｙは，同月２６日，分会青年部長からもハガキ行動を行うように説得されたが，これも拒絶した上、「こんなはがきを書くんだったら脱退届を書いてやる。」などと東労組から脱退する旨の発言をした。そこで，被告人上原は，吉田から脱退発言の真意などを聞くため，被告人齊藤を介し，翌２８日午前１０時３０分ころ，浦和電車区事務所３階の講習室にＹを呼び出し、被告人上原は、他の組合員らと共に，吉田に対しハガキ行動を拒否した理申や脱退発言の真意丹沢キャンプの内容や参加者について問いただしましたが、Ｙは，「ハガキ行動を拒否した理由を云いに来ただけのことだ。」「年末手当３.１５か月は会社が大きいからもらって当たり前だ。」などと，国鉄民営化の過程での組合員の苦労や国鉄改革以降の東労組の実績等を否定した上、「ＪＲ東日本よりＪＲ東海の方が良い。」などと述べ，ついには「迷惑だったら脱退します。」などと発言したのです。Ｙは、グリーンユニオンの組合員と連絡をとったところ、結成の参加者は現地に着くまで知らなかったという趣旨の作り話をするように言われ、それに従うことにしたことを認めたのです。

　このＹの行為が引き金となり、本件がフレームアップされることになります。ＪＲ総連は、Ｙを組合に慰留し、様々な委員会などでＹに対して組合に破壊行為をしないよう求めたにすぎません。ところが、検察官は、大宮地本が主導して、共謀の上、Ｙを組合から脱退させ、会社から退職するよう強要したというストーリを作成したのです。

（３）公安部による被害届の作成

　お手元に配布しました「なんと被害届けは警視庁公安部の手によって作成」をご覧下さい。まず、驚くべきことは、「（Ｙさんの）被害届を受け」捜査を行ったと書いていますが、これは事実ではありません。Ｙさん自身が公判でなした証言によれば、実際には、警視庁公安部がＹさんに何度か会って説得し、被害届を提出させたのです。しかも被害届は、担当刑事が作成したのです。この被害届にＹさんから署名させたものなのです。さらにその刑事は、捜査にも加わっていたと公判で証言しております。さらに、 逮捕に先立つ前年の１２月すなわち、被告人が逮捕されたのが２００２年１１月１日ですから、その１１ヶ月前から公安の担当刑事は、被害者のＹと数回接触したということです。

（４）「革マル」宣伝とそれに協力するマスコミ

　この刑事事件の弁護団長である後藤昌次郎弁護士が指摘するように、検察官は、冒頭陳述でも革マルに対する世間の偏見に乗じ、被告人らとＪＲ東労組またＪＲ総連を凶悪なテロリストないしテロ集団として印象づけ、罪に落とそうと考えたのです。そして、「革マル発言」がなされたという経緯と状況を示す事実をひた隠し、組合員の「革マル」発言の中味と意味を歪曲したのです。

　私は、ＪＲ総連、ＪＲ東労組ならびにＪＲ関連の日本福祉事業協会が提起する民事訴訟に代理人として関わりをもっていることを先ほどお話しました。ＪＲ総連や関連団体らが提起した訴訟において、被告国と都から提出される答弁書には、いつもお決まりの「革マル」の文字で埋め尽くされ、また、証人尋問で登場する捜査官がこの「革マル」や「テロリスト」を断定的に使用しております。しかし、現在におけるＪＲ総連の何処に、何に革マルとの関連があるかを何一つ立証もしないのです。真実ではありませんから、できるはずがありません。根も葉もないこれらの文字のレッテル張りを続けて、戦争に反対を唱え、平和を求める労働組合に悪しき印象を与えるように務め、税金を無駄使いする役人達に憤慨しております。わが国と東京都の役人が国民や都民の目が十分に届かないところで、このようなことをしていることに注意を喚起したいと思う次第です。公安警察は、今でもマスコミや御用組合を使って、ＪＲ総連が「過激派・革マル・テロリスト」があるかのような悪しき宣伝をする常套手段をまだ止めようとしていないのです。思い出しました。葛西敬之東海旅客鉄道株式会社代表取締役会長も国家公安委員でしたね。

（４）公安と警察に偏向した新聞記事

　次に、マスコミの対応について話をいたします。「ＪＲ浦和電車区冤罪事件」についても、例えば、２００２年１１月１日付「毎日新聞」の夕刊は、《警視庁公安部は１日、東日本旅客鉄道労働組合（ＪＲ東労組）に所属するＪＲ東日本の社員が、組合の指示に従わなかったため無理やり組合や会社を辞めさせたとして、（中略）過激派「革マル派」幹部で同労組幹部の梁次邦夫（５３）と、（中略）同組合員、山田知（２９）ら５容疑者を強要容疑で逮捕、東京都渋谷区のＪＲ東労組の本部など都内と埼玉県内の３０力所を同容疑で捜索したと発表した。」と報じたのです。

　しかし、ここでも、「大宮地本の梁次邦夫」が東労組の大宮地本執行副委員長であることは事実であるとしても、「革マル幹部」では決してありえません。日本を代表する新聞紙の一つが事実に反する何らの根拠もないことを、検証もしないで書き（掻き）立てていることに、国民を欺く筆の怖さが見て取れるのです。恐ろしいことです。そして、この新聞社とは、この程度の記者と編集部、そして経営者なんだと思うと、怒りを越えて情けなくなります。何のためのペンでしょうか。

　テレビ局も同様です。本件に関して云えば、１１月１日の夕方、フジテレビ系列の「さくらんぼテレビ」でのニュースで本件に関する捜索が放映されたと聞きました。このことは、警視庁公安部が、あらかじめ特定のテレビ局であるフジテレビに家宅捜索する場所、時間などの情報を流していたということであります。公安警察がデッチ上げ事件をテレビ画面を利用して、捜査官たちが家宅捜索に入る直前の様子を流し、ＪＲ東労組をあたかも過激派「革マル派」の巣窟のように思わせるための芝居をしたとしか思えません。権力が違法かつ卑怯なやり方で、警察の捜査に対して無批判な世論を利用して、ＪＲ東労組に弾圧するまで堕落しているとしか私には思えないのです。マスコミも、同様に遍く堕落したのでしょうか。

　大正ファシズムの時期において、時の権力者は大逆罪を多いに利用して冤罪を作りだしました。幸徳事件、朴烈・金子文子事件などです。幸徳秋水他多くの社会主義者を土壇場の露と葬り去り、中国大陸への侵略、太平洋戦争への道を開拓したのでありました。そして、わが国の現在、警察、公安そして検察は、平和運動に水を差し、戦争の道にひたすら進むことを助長し、これに逆らう者を排除しているのです。そして、司法（裁判所）がそれを後押しするということでありましょう。誠に、恐ろしいことです。これが、ある首相も夢見た美しい国の姿です。

 

　４　ＪＲ浦和電車区冤罪事件の法律論

　私も、二足の草鞋を履き、弁護士をいたしておりますので、この事件に関する法律論上の問題点を指摘しなければなりません。しかし、私はこの刑事事件の弁護人でありませんので、公判を積み重ねながら論議されたことについて経験や学習が相当不足していることも御理解いただきたいと思います。その限りでお話します。

（１）起訴状に「共謀」が特定されていないこと

　後藤弁護士も指摘するとおり、起訴状には、何時、何処で、誰が、どのようにして共謀をしたか、何ら特定されていないのです。すなわち、「平成１３年１月２１日から同年６月末日ころまでの問，埼玉県さいたま市南浦和３丁目５１番１号所在のＪＲ東日本大宮支社浦和電車区事務所内及び同市南浦和２丁目３７書３号所在のＪＲ東日本南浦和駅構内東側階段下乗務員待機所等において，前後１４回にわたり」と漠然と記載されているだけです。公訴事実が具体化され、特定されていない以上、被告人らが防御権を行使しえないことは当然であり、手続保障の観点から、多いに問題があります。その漠然たるところを釈明権を行使して特定させない裁判所にも、起訴状の基本的な問題があります。

　ところが、地裁判決では、公訴事実に記載されたＪＲ東労組の梁次大宮地方本部の執行副委員長らによる共謀が肯定されているのです。私には、判決の立論も結論も理解することができません。判決に拠れば、例えば、被告人梁次と山田は、１月２１日の拡大委員会に先立って開かれたミーテングに出席して分会の方針決定に関与しているから、拡大委員会に出席している証拠はないけれども、遅くともその委員会の終了後間もなく委員会の結論を知ったと推認できるから、Ｙに対して、東労組からの脱退を強要するすることについて、他の被告人と共謀を遂げたというのである。

　しかし、委員会にも出席しないのであり、当然発言もせず、同委員会の結論すなわち決定事項を事後聞いただけで共謀になると結論づけるなどということは、理不尽極まりないと考えます。皆様方はどのようにお考えでしょうか。

（２）被害者であるＹには、そもそも「恐怖心を生じた」とは、思料されないこと

　強要罪が成立するためには、相手方に「恐怖心が生じたこと」が不可欠です。しかしながら、被告人らがＹを組合の脱退と会社からの退職を脅迫してなさしめたことを疑わしく思います。のみならず、Ｙが脱退し、退職したからとはいえども、それはＹが恐怖心を生じた結果であるとはいえないと、私は判断します。その理由は次のとおりです。

（３）偏りのある採証

　判決では、Ｙが脅迫行為を受けた結果として、Ｙに畏怖心が生じて、脱退と退職が余儀なくされたように極論しております。しかし、これは、判決も認めるように、被害状況を立証する主たる証拠をＹの供述に偏り認定し、被告人らの供述は無視されたことによるものです。Ｙに恐怖心や畏怖が生じたというのですが、被害者Ｙは、そもそも、ハガキ行動の機関決定を拒否し、それを注意されたことから、東労組からの脱退する意思を繰り返表明してきました。また、組合に慰留を薦められたりしたりする多くの組合員との会話を録音するために、２月１５日からＩＣレコーダーを購入し、それらの会話などを録音してきたのです。この状況に鑑みますと、Ｙが畏怖の状況にないと考えるのが自然であるように思います。

　また、４月６日には、Ｙは，東労組と和解したいとして弁護士と相談し、これを要請しております。また、事情を説明する資料を作成しているのです。弁護士も関与している状況下で、Ｙが畏怖して組合を脱退し、会社を退職するなどの脅迫行為が継続してなされているとはどうしても思われないのです。それ以後も同様だと思います。Ｙが畏怖していないので、また、脱退も退職も現実化していないので、この弁護士もあえてＪＲ総連や東労組に何も交渉するなど具体的な行為をしなかったと判断できます。皆さんはいかがお考えでしょうか。

（４）裁判官の交代

　話しは少し代わります。弁護士の方々は、経験がおありだと思いますが、実務では、大変残念なことですが、裁判官が交代することに、泣かされたり喜んだりいたします、大袈裟なことではありません。裁判官名をみた瞬間、Who'ｓ　Whoでみた裁判例が頭をよぎり、敗訴を覚悟することもあります。この裁判でも、裁判官の交代劇がありました。２００３年２月の冒頭手続のときの裁判官は、判決時には、すべて交代しました。悪しき、予断が働きます。実際、交代し、判決に関与した裁判官が被告人らの保釈を取り消した東京高裁の裁判官であったのです。そもそも裁判官の交代は、直接主義に反し、ひいては、公正・公平な裁判に悖ることに問題があります。私は、裁判官の独立を信じたいとは思います。しかし、通常は在宅起訴であるはずの、最高刑が懲役３年の「強要罪」容疑に３４４日の長期勾留を認め、保釈を許さない。そして、その容疑で３０ヵ所もの家宅捜索を認める裁判官などありえないはずだと、常識でわかるはずです。しかし、わが国には、これを許す裁判官が不断に存在する。悲しいことですが、これがわが国の司法の現実です。最高刑でも３年以下の懲役「強要罪」容疑の裁判はすでに５年目に入り、２月２１日には５６回の公判を数えました。その公判で検察側は、ＪＲ東労組員７名に対し３年から２年の懲役刑を求刑したのです。そして、７月１７日、全員有罪の判決。ほとほと溜息が出るばかりです。

 

　５　おわりに

　いろいろ、ご意見はおありでしょうが、今日お話いただいた熊本典道裁判官が「袴田事件」について評議の内容を公にいたしました。わが国の裁判でも、裁判官の各意見を公にする必要があります。裁判官の独立を期するためにもです。

　重要なことを申し上げることを、私は、忘れておりました。東京地裁刑事１１部の裁判官もこれを失念していたやも知れません。いや、意図的に勘案せず、記載していないと思います。

　ＪＲ浦和電車事件における強要容疑を判断するためには、まず、労働基本権の保障が大前提とされなければなりません。日本国憲法第２８条がこれを規定しております。そして、労働団結権はその核をなすものであり、その侵害行為に対しては断固とした措置を講ずることが認められるはずです。組合が一つにまとまるためには、組合員に最低限度の倫理が求められます。統一と団結を実現するには、規律もありますし、組合員に然るべき義務も生ずるのです。思想・信条・宗教が異なろうと、それは問題視されてはなりませんが、機関決定に従わず、破壊を画策する他の組合幹部と組合員として参加したＹの行為も非難に値します。組合を破壊する活動に対しては、組織で防衛することも不可欠であると思います。これを語らずして、いきなり強要罪というのは無茶苦茶な対応です。

　被害者と称するＹの脱退と退職に乗じて、公安権力は、この憲法に保障された労働基本権を蹂躙する行為に出たのです。私は、ＪＲ総連に対する公安の弾圧に対して、あらためて怒りを覚えます。そして、３４４日の長期間の勾留から名付けた美芳会の７人の組合員の無実を信じて疑いません。本件に限らず鹿児島（志布志）事件のようにでっちあげが横行しております。今日のシンポジウムでも、冤罪の犠牲者の苦しみを多いに感じることができました。今後、国策として、いや、過失であったとしても、このような冤罪が作り上げられないよう、われわれは、事態を冷静に見極める必要があると思います。以上を持ちまして、私の報告といたします。ご静聴をいただきまして、ありがとうございました。