少年は、こうして罠に貶められた

ー　神戸児童殺人事件　ー

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　弁護士　矢澤�納�

【本件の事案】

　ある日の早朝、小学校の校門前に切断された子供の首が置かれていた。その猟奇性は、人々を震撼させた。しばらくした後、その犯人として、近所に住む中学生が逮捕された。その意外性に、また人々は唖然とした。

　逮捕の経緯は、以下の通りである。事件発生の数日後の朝、２名の警官が少年の家に来て、聞きたいことがあると告げて、少年だけを警察署に連行した。警察は、事件がこの少年による犯行であると決めつけていたのである。警察は、少年を成人の容疑者と同様に拘束し、事情を聴取し続けた。しかし、少年は、当然のことながら、自分が事件と関係がないと主張した。

　警察は、事件を捜査する過程で、犯人の脅迫状について筆跡鑑定を依頼したが、結果は白であった。ところが、警察は、少年を犯人に仕立てるべく、ここで偽計を用いたのである。少年の筆跡でないとの鑑定を、あたかも少年が犯人であるとの鑑定が存在するかのように少年を騙して、少年に自白させたのである。この自白に基づき、逮捕状が請求され、逮捕され、逆送され、起訴されることこととなった。

　しかしながら、裁判において、少年の付添人である弁護人団は、少年の自白が唯一の証拠であるにもかかわらず、これに拘泥し、凶器をはじめとする物証の検証すら求めなかった。また、井垣裁判長は、少年に対する員面調書が警察官による偽計により得られたものであるとし、それを証拠から排除した。しかし、驚くべきことに、裁判長は、員面調書と同日に作成されたほぼ同一内容の検面調書に任意性を認めたのである。かくして、少年は有罪とされ、医療少年院送りとなった。

　本件は、まさしく、検察と警察による組織的な冤罪事件に他ならない。

【事件後における第三者による申立・請求事件】

　本件は、少年のみならずその家族や親族を人非人であるというレッテルを貼り、パッシングし、社会から孤立させた。また、付添人たる弁護団も裁判の結果に唯々諾々となり、異論や疑問を提する人々も黙殺した。こうして、少年に係る事件については、第三者から、幾つかの申立と請求がなされることとなった。

　第一は、人身保護請求事件であり、第二は、告発・付審判請求事件であり、第三は、事実上の再審を求める保護処分取消申立事件である。

　（１）人身保護請求事件

　家庭裁判所は、少年を行為障害と認定し、治療や精神病への移行の予防のための施療を指示する決定をなし、この決定に基づき少年は医療少年院に送致された。ところが、その後、法務省の矯正局長は、少年の収容先が関東医療少年院であることを公表した。このような収容先の公表により、同少年院における少年に対する他の少年によるいじめの危険性も発生し、右家裁決定で必要であるとされた集団的処遇さえも行いえない状況となった。また、同少年院は、右家裁が指示するような治療をする設備やスタッフ、体制を備えた施設でもなく、実際、少年の収容状況については、カメラ付きの個室に一人で収容されている等の報道がなされたりした。

　本件は、このような被拘束者の拘束（処遇）の現状が、まさに人身保護法の趣旨に反するものであり、同法に基づき、「適当と認める処分」、すなわち、①他の適切な児童専門の医療機関へ移送入院もしくは他の医療少年院等への移送、②少なくとも本件が社会的に沈静化するまでの間、移送先を公表せず、仮名での処遇すること等を求めたものである。

　本件人身保護請求に対して、裁判所は、①本件被拘束者が、人身保護法2条の「法律上正当な手続によらないで身体の自由を拘束されている者」とは認められない、②拘束が裁判によるときは、その裁判が権限なしになされ又は法令の定める方式もしくは手続きに著しく違反していることが顕著である場合に限られ（人身保護規則4条）、また、少年の処遇に関心を持つものは、事実上、家庭裁判所に所要の勧告をするよう促すこともできるから、本件被拘束者の救済については、「他に救済の目的を達するのに適当な方法がある」（規則第4条但書）、よって、③人身保護法11条1項、人身保護規則21条1項6号により、「審問手続を経ずに」決定をもって本件請求を棄却（却下）した。

　（２）告発・付審判請求

　本件告発と検察官の不起訴処分　1998年10月9日、請求者（告発人）らは、兵庫県警の警察官・神戸地検の検察官らを特別公務員職権濫用罪（刑法194条。なお、刑法193条の公務員職権濫用罪とは特別関係）で大阪高検に告発を行った（その後神戸地検に移送）。ところが、神戸地検は、2000年6月9日、本件告発を「嫌疑なし」として不起訴処分にした。神戸家裁の認定事実と明らかに矛盾する「嫌疑なし」との制定をしておきながら、神戸地検は、その理由については、これを一切明らかにしなかった。

　付審判請求と裁判所の対応　請求者（告発人）らは、直ちに神戸地裁に付審判請求を申し立てた。本件付審判事件において、請求者らは、まずは裁判官との面会が必要と考え、これを要請した。しかし、同地裁は、その必要がないと対応した。その後も、請求人らは、検察官の「不起訴裁定理由書」「意見書」の開示を求める要請書等も提出したが、同地裁は、その開示も、請求人らと面会して不起訴裁定理由を告げることさえしなかった。このようにして、同地裁は、請求人に検察官の不起訴裁定理由の誤り、問題点の指摘・批判の機会をさえ与えることなく、2001年2月19日、本件付審判請求を棄却したのである。

　これに対して、請求人らは、大阪高裁に抗告の申立てを行ったが、同高裁も、地裁と同様の対応をし、同年11月12日、抗告を棄却し、2002年1月16日、最高裁はこれに対する請求人らの特別抗告を棄却した。

（３）保護処分取消請求申立事件

　本件は、少年が、「神戸事件」の犯人であることに強い疑問を持つ、弁護士、学者、有識者らが、少年の非行事実の不存在を理由に、神戸家庭裁判所に、少年の保護処分の取消しの職権発動を促す申立を行なった事案である。

本件の申立人らは、いずれも、両親等の法定代理人や親族などの少年を代理する権限を有する者でもなく、また、弁護人･付添人などという、当該少年の非行事件の弁護に従事するなどして少年の権利・利益の擁護のために関係した者でもない。

このような、少年と何らの利害関係もない第三者が、さまざまな事情のもとで、法定代理人である両親や付添人であった弁護士らによって再審の請求がなされない中、彼らに代わって、家庭裁判所に審理のやり直しを求める方策はないかと模索した。申立人らは、少年事件において、非行事実の不存在を理由として、保護処分の取消しを求める再審請求は可能か、一般的には可能であるとしても、少年と何らの利害関係もない第三者が、非行事実の不存在を理由とする保護処分の取消＝審理の再検討を裁判所に求める方策はないかと検討した。

その結果、申立人らは、少年法27条の2第1項を根拠として、2002年5月23日、神戸家庭裁判所に少年の保護処分取消の職権発動を促す申立を行なったものである。

申立人らは、2002年5月23日、神戸家庭裁判所に、少年に対してなした保護処分決定を職権をもって取消すことを求めた申立てを行なった。訟廷事務室ではこれを受付け、日記簿に登載したようである。

ところが、同家裁の裁判官は、同年6月10日、申立人に、書記官を介して、電話で、一言、「立件をしない」と「連絡」をしてきた。書記官によれば、｢理由は無い」ということであり、書面による通知はしない、これも、｢通知｣ではなく、｢連絡｣であり、本来、連絡も必要はないが、本件は、多数の人による申立てであり、連絡先も明記してあったので、連絡をしたということだった。

　申立人らにとっては、少年が、本件犯行を犯したということについて、合理的な疑いのあることを、具体的かつ詳細に説き、それを示す、新規明白な証拠をも提出したにもかかわらず、申立てからわずか２週間余で、理由も示さず、単に電話で、｢立件せず｣ということのみを「連絡」してきたことは、裁判官の見識を疑わざるを得ないものだった。

　このため、申立人らは、裁判官に、本件の特質を指摘し、本件が誤診であった場合の非人道性を説き、裁判官の措置は納得できないとして、再検討を促す｢質問書｣を提出した。しかし裁判官は、これを無視し、まったく応えようとしない。

　　

神戸小学生連続殺傷事件の真相を究明する会｜