"Salvador Dali"

▼※ダリ事件の争点は、著作権譲渡契約の準拠法であり、ダリ・原告間の契約の法的性質が争われた。※    

 

【事実】

▼ 設立準備中であったXの当初の代表者Aは,昭和61613日に,スペインの画家ダリとの間で,ダリの作品の著作権に係る本件契約を締結した。なお,ダリは1989123日に死亡している。

▼ 北九州市は,平成101023日から同年1129日までの間,北九州市美術館において本件展覧会を開催し,同展覧会においてダリの絵画を掲載した本件書籍を販売した。

▼ また,Y2(山梨県)及び美術振興財団Y3,株式会社Y4,株式会社Y5及びY6(広島県)は,「ダリの世界」と題する展覧会を,株式会社Y7は「ダリ美術館展」と題する展覧会(以下,総称して「本件ダリ展」)を開催し,本件ダリ展の会場でもダリの絵画を掲載した書籍(「本件書籍2」)が販売された。

▼ 本件契約によりダリの絵画の著作物に係る著作権を譲り受けたと主張するXは,同著作権に基づき,▼@上記絵画の複製及び本件書籍の頒布の各差止め並びに同書籍の廃棄,A複製頒布行為による損害の賠償,B虚偽の著作権者表示による損害の賠償をY1(ダリ財団)に対して請求し,またその余のYらに対し,C複製頒布行為の差止め及び書籍の廃棄,D複製頒布行為による損害の賠償を請求した。

 

▼▼【原判決】▼ 東京地判平成12829:▼ 本件契約は著作権の信託譲渡ではなく,著作権を時間的に一部譲渡する契約であり,Xが著作権者であるとした上で,@の請求を認容し,A及びDの請求を一部認容し,その余の請求を棄却した。Yらは,敗訴部分の取消しを求めて控訴。

 

▼【控訴審のおけるYらの主張】▼ Yらは,本件契約が著作権の利用許諾に関する委任契約であり,仮に譲渡契約であるとしても信託譲渡契約というべきであって,信託譲渡の法的性質は外部的に譲渡であっても内部的には委任であるから,本件契約は1989年のダリの死亡により終了したと主張した。▼ また,ダリは1982920日付けの遺言(「本件遺言」)により全財産の包括承継人をスペイン国と指定したが,スペイン国文化省はダリ作品に係る著作権の管理権及び利用権を199584日にY1に譲渡したのであるから,Y1から許諾を受けたYらはXにとって本件著作権の譲渡につき対抗関係に立つ第三者であり,Xが対抗要件である登録を了していない以上,Yらに対し本件著作権を対抗することができないなどと主張した。

 

▼【判旨】▼ 東京高裁平成15528日判決(判例時報1831135頁参照)

▼1)本件著作物の著作権者▼ 本件契約の契約書10条1項には,「本件契約の解釈若しくは履行又は本件契約に基づく行為に関する当事者間の紛争又は訴訟は,スペインの法律(法律及び裁判所)に服する」との記載がある。したがって,「本件契約の準拠法は,▼…スペイン法とされているので,スペイン法の下における本件契約の法的性質について判断する。」

▼「上記…のとおり,本件契約は,ダリのダリ作品に係る権利の管理,行使を目的とするものであり,また,Xが報告義務を始めとする受任者としての各種義務を負い,他方,Xが得た利益は受益者であるダリ及びY1に帰属するから,本件契約は,スペイン法上の信託譲渡契約であって,ダリとX間の内部関係がスペイン法における委任により規律されると解される。他方,Xは,ダリから委任を受けたダリ作品に係る権利の管理を行うための手段として,ダリ作品に係る権利を譲り受けているから,第三者に対しては,権利者として自己の名義で権利を行使することができるが,その場合でも,権利の行使は,常に委任者であるダリのためにされなければならない。」

▼「本人の死亡は,スペイン民法17323条に基づく委任の終了事由である。ダリ作品に係る権利を信託譲渡する本件契約は,その基本的法律関係であるダリとX間の内部関係が委任によって規律されるから,ダリの死亡した1989年(平成元年)1月23日に,本件契約は終了したというべきである……。」

 

▼ 2)著作権譲渡の対抗要件について

▼ 「…Xの主張にかんがみ,念のため,本件契約の法的性質をその主張のとおりの趣旨に解した場合の,本件著作権の帰すうについて判断する。」▼「著作権の譲渡について適用されるべき準拠法を決定するに当たっては,譲渡の原因関係である契約等の債権行為と,目的である著作権の物権類似の支配関係の変動とを区別し,それぞれの法律関係について別個に準拠法を決定すべきである。著作権の譲渡の原因である債権行為に適用されるべき準拠法については,法例7条1項により,当事者の意思に従って定められるべきものであり,本件契約は,準拠法をスペイン法とする合意がされたから(本件契約第10条第1項),これに従うべきことは当然である。また,ダリの死亡による財産の相続は,法例26条により,被相続人の本国法であるスペイン法による。」

▼「これに対し,本件著作権の物権類似の支配関係の変動について適用されるべき準拠法は,スペイン法ではなく,我が国の法令であると解される。すなわち,一般に,物権の内容,効力,得喪の要件等は,目的物の所在地の法令を準拠法とすべきものとされ,法例10条は,その趣旨に基づくものであるが,その理由は,物権が物の直接的利用に関する権利であり,第三者に対する排他的効力を有することから,そのような権利関係については,目的物の所在地の法令を適用することが最も自然であり,権利の目的の達成及び第三者の利益保護という要請に最も適合することにあると解される。著作権は,その権利の内容及び効力がこれを保護する国(以下「保護国」という。)の法令によって定められ,また,著作物の利用について第三者に対する排他的効力を有するから,物権の得喪について所在地法が適用されるのと同様の理由により,著作権という物権類似の支配関係の変動については,保護国の法令が準拠法となるものと解するのが相当である(東京高裁平成13530日判決・判例時報1797111頁参照)。」 「…我が国の法令は,著作権の移転の効力が原因となる譲渡契約の締結により直ちに生ずるとしているから,ダリとXが本件契約を締結したことにより,第三者に対する対外的関係において,ダリ作品に係る本件著作権は,ダリからXに移転したものというべきである。」

▼「ダリは,…本件遺言…により,全財産の包括承継人をスペイン国と指定したから,…スペイン国はダリの全財産を包括承継した。そして,上記のとおり,スペイン国は,…文化省に対し,全世界のダリ作品に係る著作権について管理権及び利用権を付与し,文化省は,1995年(平成7年)725日付け文化省令…により,ダリ作品に係る権利の管理権及び利用権をY1に譲渡することとし,同年84日,文化省令を実施するために締結されたY1との間の契約…により,全世界のダリ作品に係る著作権の管理権及び利用権をY1に譲渡した。」

▼「文化省が上記譲渡契約を締結してY1に対し全世界の上記利用権を譲渡したことにより,我が国におけるダリ作品に係る著作権は,スペイン国ないし文化省からY1に移転したというべきである。…そうすると,Yらは,ダリからXに対する本件著作権の移転について法律上の利害関係を有する第三者である。」

▼「本件著作権の移転の対抗要件についても,保護国である我が国の法令が準拠法となるから,著作権法77条1号,78条1項により,Xは,本件著作権の取得について対抗要件である著作権の移転登録を了しない限り,Yらに対し,本件著作権に基づく請求をすることはできないところ,Xは,この登録を了していないので…,Yらに対し,本件著作権を対抗し,これに基づく請求をすることができない。」